------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ 例 黒須《くろす》 太一《たいち》 【読み進めるにあたって】 ストーリーは 1,「CROSS†CHANNEL」からはじまります。 順番はこの下にある【File】を参照のこと。 このファイルは たった一つのもの  5,「たった一つのもの(親友)」 です。 ------------------------------------------------------- FlyingShine CROSS†CHANNEL 【Story】 夏。 学院の長い夏休み。 崩壊しかかった放送部の面々は、 個々のレベルにおいても崩れかかっていた。 初夏の合宿から戻ってきて以来、 部員たちの結束はバラバラで。 今や、まともに部活に参加しているのはただ一人という有様。 主人公は、放送部の一員。 夏休みで閑散とした学校、 ぽつぽつと姿を見せる仲間たちと、主人公は触れあっていく。 屋上に行けば、部長の宮澄見里が、 大きな放送アンテナを組み立てている。 一人で。 それは夏休みの放送部としての『部活』であったし、 完成させてラジオ放送することが課題にもなっていた。 以前は皆で携わっていた。一同が結束していた去年の夏。 今や、参加しているのは一名。 そんな二人を冷たく見つめるかつての仲間たち。 ともなって巻き起こる様々な対立。 そして和解。 バラバラだった部員たちの心は、少しずつ寄り添っていく。 そして夏休み最後の日、送信装置は完成する——— 装置はメッセージを乗せて、世界へと——— 【Character】 黒須《くろす》 太一《たいち》 主人公。放送部部員。 言葉遊び大好きなお調子者。のんき。意外とナイーブ。人並みにエロ大王でセクハラ大王。もの凄い美形だが、自分では不細工の極地だと思いこんでいる。容姿についてコンプレックスを持っていて、本気で落ち込んだりする。 支倉《はせくら》 曜子《ようこ》 太一の姉的存在(自称)で婚約者(自称)で一心同体(自称)。 超人的な万能人間。成績・運動能力・その他各種技能に精通している。性格は冷たく苛烈でわりとお茶目。ただしそれは行動のみで、言動や態度は気弱な少女そのもの。 滅多に人前に姿を見せない。太一のピンチになるとどこからともなく姿を見せる。 宮澄《みやすみ》 見里《みさと》 放送部部長。みみみ先輩と呼ばれると嫌がる人。けどみみ先輩はOK(意味不明)。 穏和。年下でも、のんびりとした敬語で話す。 しっかりしているようで、抜けている。柔和で、柔弱。 佐倉《さくら》 霧《きり》 放送部部員。 中性的な少女。 大人しく無口。引っ込み思案で、人見知りをする。 でも口を開けばはきはき喋るし、敵には苛烈な言葉を吐く。 凛々しく見えるが、じつは相方の山辺美希より傷つきやすい。 イノセンス万歳。 桐原《きりはら》 冬子《とうこ》 太一のクラスメイト。放送部幽霊部員。 甘やかされて育ったお嬢様。 自覚的に高飛車。品格重視で冷笑的。それを実戦する程度には、頭はまわる。 ただ太一と出会ってからは、ペースを乱されまくり。 山辺《やまのべ》 美希《みき》 放送部部員。 佐倉霧の相方。二人あわせてFLOWERS(お花ちゃんたち)と呼ばれる。 無邪気で明るい。笑顔。優等生。何にもまさってのーてんき。 太一とは良い友人同士という感じ。 堂島《どうじま》 遊紗《ゆさ》 太一の近所に住んでいた少女。 群青学院に通う。 太一に仄かな恋心を抱くが内気なので告白は諦めていたところに、先方から熱っぽいアプローチが続いてもしかしたらいけるかもという期待に浮かれて心穏やかでない日々を過ごす少女。 利発で成績は良いが、運動が苦手。 母親が、群青学院の学食に勤務している。肝っ玉母さん(100キログラム)。 桜庭《さくらば》 浩《ひろし》 太一のクラスメイト。放送部部員。 金髪の跳ね髪で、いかにも遊び人風。だが性格は温厚。 金持ちのお坊ちゃんで、甘やかされて育った。そのため常識に欠けていて破天荒な行動を取ることが多い。が、悪意はない。 闘争心と協調性が著しく欠如しており、散逸的な行動……特に突発的な放浪癖などが見られる。 島《しま》 友貴《ともき》 太一の同学年。 元バスケ部。放送部部員。 実直な少年で、性格も穏やか。 激可愛い彼女がいる。太一たち三人で、卒業風俗に行く約束をしているので、まだ童貞。友情大切。 無自覚に辛辣。 【File】 CROSS†CHANNEL  1,「CROSS†CHANNEL」  2,「崩壊」 CROSS POINT  1,「CROSS POINT(1周目)」  2,「CROSS POINT(2周目)」  3,「CROSS POINT(3周目)」 たった一つのもの  1,「たった一つのもの(1周目)」  2,「たった一つのもの(2週目)」  3,「たった一つのもの(大切な人)」  4,「たった一つのもの(いつか、わたし)」  5,「たった一つのもの(親友)」  6,「たった一つのもの(謝りに)」  7,「たった一つのもの(Disintegration)」  8,「たった一つのもの(弱虫)」 黒須ちゃん†寝る  1,「黒須ちゃん†寝る」 ------------------------------------------------------- たった一つのもの  5,「たった一つのもの(親友)」 そして、俺は目覚めた。 念のため、茂みの奥を確認する。 よし。 位相のずれ。とでも言うのか。 俺の目だけが観測できるそれは、向こう側への帰還の道のり。 観測する者だけに、真実となる。 そこをくぐれば、帰れる。 人の満ちた世界に。 けれど。そう。 俺は——— 曜子ちゃんの姿はない。 ただ弁当だけが机に置いてあった。 学校に向かう。 無人の世界を歩く。 人だけでなく、生物そのものの気配がない。 満ちている感じがしない。 蝉も鳴かない。 不自然な、空間。 交差した世界の中核で、渦巻く矛盾。 わずか八人の小世界。 太一「……」 七香も、出てこない。 七香「……………………」 さて。 食堂に来た。 桜庭がカレーパンを食っていた。 こいつは簡単だ。ちょろい。 日曜の時点で身柄を押さえていればいいだろう。 太一「さくらばー」 桜庭「んー?」 太一「日曜の朝、俺の家に集合」 桜庭「わかった。任せろ」 信頼は置けない。無論。 CROSS†CHANNEL 目を覚ます。 陽光が窓を貫いていた。 熟睡していたらしい。夢一つ見なかった。 時間は……7時。 学校に行かねば。 桜庭「よう」 太一「ほれ」 マスクを渡した。 桜庭「OK」 何の疑問も持たずにつけた。 桜庭「腹が減った」 太一「食ってないのか?」 桜庭「一時間目の授業に備えている」 太一「……カレーパンを食うのが授業なのか」 桜庭「カレーパンがなくなるその日まで」 クールに決めた。記録通りだ。 太一「レトルトのカレーでも食ってればいいじゃないか」 桜庭「カレーは嫌いだ」 記録通りだ。記録はどんどん成就していく。 桜庭「ヘックス!」 太一「……ふ、来たな、六角形の惨劇」 そう記録されていた。発生率は、今まで確認しただけでも、15%以上。七回に一度は、鼻汁橋をぶち込まれる計算だ。だが過去の偉い人(俺)は、マスクを装着させることで回避する術を編み出したのだ。 桜庭「……マスク、取っていいか?」 太一「それは許可できない」 桜庭「つらいな……人生は」 太一「そのとおりだ。じゃ、俺は帰るから」 桜庭「……そうか」 太一「日曜日朝に俺の家に集合だぞ」 桜庭「了解だ。大丈夫だ」 信頼できるか。 CROSS†CHANNEL 水曜日。学校に。脱走させないための門。学生を守っているというより、外の世界を、俺たちから守っているような。そんな印象を抱かせた。 太一「またここか」 桜庭「……飽きてきた」 太一「だろうな。倦怠感に包まれた貴様に一つ言っておくが」 太一「勝手に旅とかすんなよ」 桜庭「わかった」 太一「俺の許可を取れ」 桜庭「わかった」 太一「その安請け合いが不安なんだ! 聞こえてるのか!」 桜庭「平気だ。おまえの許可を取ればいいんだろ?」 太一「わかってるじゃないか」 桜庭「冒険は旅に含まれるのか?」 太一「全部だ!」 桜庭「全部か……探検もそうだな」 太一「この街を出ようとする行為全般をさす」 桜庭「ああ、納得だ」 本当か? 桜庭「なあ、一つ疑問があるんだが」 太一「あん?」 桜庭「嬲る、って字さぁ」 太一「ああ」 桜庭「興奮するよな」 太一「……インポ野郎が」 夜自室。つーか布団の中。 桜庭「太一〜! おーい、太一〜!」 太一「なんだなんだ」 桜庭「旅に出ることにした!」 太一「……」 首筋に手刀。倒れる桜庭。 桜庭「……うう、旅に……」 太一「まだ言うか。旅は禁止だ」 桜庭「それはつらいな……」 太一「来週まで禁止だ」 桜庭「来週からはいいのか?」 太一「ああ。来週からはOKだ。あと数日の辛抱だ」 桜庭「そうか……うむ、わかった」 太一「唐突なやつだ。昨日の今日で」 桜庭「聞いてくれ」 太一「なんだ?」 桜庭「カレーパンに飽きてきた」 太一「……あのな」 桜庭「刺激が足りなくなった。なにか面白いものを探しに行く」 太一「おまえには妖精の血が流れている気がする」 桜庭「それにもしかしたら人と会えるかも知れない」 太一「……ふーん」 考えてないわけじゃないのか。 桜庭「そうそう、借りていた金も返そうと思ってな」 太一「ああ、貸していたような……」 桜庭「いくらだったかな?」 もう金なんて意味ないのにな。おかしなヤツだ。 太一「さあ、金額は記憶してないなぁ」 桜庭「とりあえず小銭入れごと渡そう」 財布を取り出す。 太一「……うーむ」 桜庭「あと足りない分はこれで補ってくれ」 荷物から木箱を取り出す。 太一「あ、それはいい……持ち帰ってくれ」 桜庭「そうか? 金になると思うが」 太一「してはいけない。どっかの博物館に寄付しなければだめだ」 桜庭「……? なあ、来週の旅のことなんだが」 太一「ああ、どした」 桜庭「おまえも一緒に来ないか?」 太一「……俺も旅に?」 桜庭「どうだ?」 太一「……面白そうだな」 来週。 太一「いいぞ、行ってやろう」 桜庭「よし、二人で鷹になるぞ」 太一「まあスズメでもトンビにでもなってくれ」 桜庭「じゃあ、俺はそろそろ旅に出ることにする」 太一「待てや! 日曜までいろと言っただろうが!」 桜庭「ああ、悪い、忘れてた」 危なすぎる。 太一「桜庭、おまえを逮捕する」 桜庭「……なに?」 太一「緊急逮捕だ」 桜庭「急ぎで!?」 太一「そうだ。そんで日曜までここで暮らせ」 桜庭「むう……」 太一「そしたらおまえに、哀れなる桜庭という二つ名をつけてやる」 桜庭「マジか。格好良すぎじゃないか。決まりだな」 哀れすぎた。桜庭を囲った。 CROSS†CHANNEL そして朝——— 目を覚ます。 太一「……桜庭、行くぞー」 桜庭「ああ……朝飯は?」 太一「向こうについてから食え」 桜庭「わかった……」 太一「行くぞ」 桜庭「……どこに向かっているんだ?」 太一「ああ、ピクニックだ」 桜庭「ずいぶんとムサいピクニックだな」 太一「うむ。まさにそういうコンセプトだ」 桜庭「来週は、旅に出るぞ」 太一「出てくれ出てくれ」 よし。 桜庭をその場所に連れて行く。 太一「これを持て」 桜庭「なんだ? ラジオか?」 太一「良い目安になるでしょうっと……で、ここをまっすぐ歩け」 桜庭「ああ」 太一「ゆっくりだ!」 桜庭「ここか?」 太一「ああ、それでいい。まっすぐな……そこでストップ」 スナイプOK。さて、あと数分もないだろう。ギリギリだったな。 桜庭「……なあ、太一」 太一「ん?」 桜庭「どうして、こういうことをするんだ?」 太一「……どうしてって、別に意味はない」 桜庭「……意味はあるだろうさ。そういう目をしているからな」 太一「……おまえ?」 桜庭「オレたちは親友じゃないか」 太一「し……っ!?」 何言ってるんだコイツは!絶句した。21世紀だぞ? 桜庭「つるむのは、もうおしまいなのか?」 太一「桜庭……おまえ」 桜庭「寂しいことだな。おまえがオレを嫌うのなら、仕方ないけどな」 太一「……いや、桜庭。意味が違う」 桜庭「おかしなことばかりおこるな、ここ最近は。人がいなくったり……」 空が暮れた。 桜庭「……急に夕暮れになったり」 時間がない。送還しないと。けれど。この馬鹿の顔を、二度と見なくなる——— ただそれだけのことなのに。 太一「桜庭……」 桜庭「けど一番ショックなことは、おまえが追いつめられているのに、何もできないことだ」 太一「馬鹿野郎。おまえは自分のことだけ考えてろ。人の心配なんざ百年早いんだよ。桜庭の分際でシリアスなこと言ってんじゃない」 桜庭「……昔のおまえ、そんな感じだった」 太一「な———」 桜庭「最近はずっと無理してるみたいだったからな。懐かしい」 太一「……!」 昔の俺。こんな時に、思い出させて。 太一「……行っちまえ、馬鹿野郎」 カシャ——— 俺は『観測』をした。 CROSS†CHANNEL 目を閉じて、開くと——— 桜庭「……太一?……ん……放送? 太一? ラジオが………………………………そうか。そうかぁ」 桜庭という『ズレ』は正常に帰った。 太一「まったく」 親友、か。今時、そんなことを言うヤツがいるか。 いるかよ……。 太一「ははは」 滑稽で。 太一「ははは、はは」 笑いが止まらなかった。だけど。いくら笑っても。視界は滲むこともなかった——— だからな、桜庭。これで良かったんだ。もうあいつと会うこともない。たくわえられた記憶が、俺にとっての桜庭のすべて。 太一「……ばーか」 妙にこわくなって、震える膝を押さえる。 顔を伏せて、目を閉じた。まぶたを通じて、赤が侵略してきた。 そしてまた、世界は巡る———